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セックス観のパートナーとの一致――ポリネシアンセックスのまとめ

ポリネシアンセックスについて「ポリネシアンセックス(1)――方法」「ポリネシアンセックス(2)――ポリネシアンセックスによって得られるもの」で述べてきましたが、今日はそのまとめとして。

しつこいくらいに書いていますが、わたしはポリネシアンセックスを実践すること自体が重要なのではなく、それに基づいたセックスへの考え方を重視しています。

大切なのは、あくまでも、パートナーとのセックス観の一致です。

ポリネシアンセックスを挙げさせていただいたのは、あくまでその一例としてであって、パートナーとのセックス観のすりあわせができてさえいれば、なにもポリネシアンセックスにこだわることはないのです。ほかのセックスの方法や従来のセックスの方法であっても、わたしがポリネシアンセックスによって得られる効果として挙げた

■セックスを精神的な次元で楽しむことができるようになることによる、セックスへのコンプレックスや悩みの解消
■二人ともが心身ともに満たされる満足感
■心身ともに豊かで潤いあるセックス

を得ることができるのです。

パートナーとのセックス観の一致は、愛し合って信頼しあっている、かたい絆で結ばれた二人ならば、かならずできるはずです。

でも、なかなか難しい場合もありますね。恥ずかしさや価値観によってセックスのことを口に出すことが難しい自分にはどうしても受け入れられないセックスの趣向を相手がもっている相手を傷つけたり、嫌われたりしてしまうのではないかと怖い……。

次回は、そういったパートナーとのセックス観を一致させることが難しい、つまりセックス観の不一致があるといった場合の解決のヒントについて書きたいと思います。

【関連記事】
「女性のオルガスムへの誤解と思い込み」
「セックスの持続時間と男性の射精」
「ポリネシアンセックス(1)――方法」
「ポリネシアンセックス(2)――ポリネシアンセックスによって得られるもの」
「パートナーとのあいだにセックス観の不一致がある場合には?」
「ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は女性だけではない。」
「セックスはあくまでもコミュニケーションのひとつ。「セックスレスへの不安」というのは、二人のセックス以外のディスコミュニケーションを表している。(働く男女の5人に1人がセックスレス――男と女で異なるパートナーへの不満)」

   

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コメント

ブログをサーフしていたら 「年の差の恋愛:http://blogs.yahoo.co.jp/tosinosa33」の
「甘えん坊くん」で、男同志のポリネシアンセックスの如き事例にぶつかり ほのぼのとした印象を受けました。人生も こう云う風に行けると、捨てたものじゃ無い気がします。大川内さん… ご専門の立場からは、どのように ご覧になりますか。

投稿: youkou | 2005/11/04 21:12

youkouさん、こんにちは!
お教えくださったブログの「甘えん坊くん」、拝見いたしました。

わたしは、お二人が男性同士だからこそ、同性だからこその愛を存分に享受されている印象を受けました。
「世間ではスタンダードとされているメジャリティーな」恋愛・セックス、つまり男女での、異性との恋愛・セックスには、やはりそこにも「スタンダードとされているメジャリティーな」やり方というものが君臨してしまっています。特にセックスの面では。

それが、「本当の愛」への阻害要因となっている場合もありながら、型にはまったものを求め、とても不自然なことを続けているひとたちが大半でしょう。

そういった意味で、彼らや、そしてyoukouさんは、自然のあるがままを選択した「勇気あるひと」たちといえると思います。

「本当の愛」と先述しましたが、その正体はと聞かれると、すんなり答えられるひとは、ほとんどいないでしょう。おそらく、「なんだろう……」と考え込んでしまうばかりではないでしょう。

わたしがここで「本当の愛」と書いたのは、母がわが子に対してかんじるような愛のことを示しています。

そうすると、あのブログのお二人が「お父さん」「息子」と呼び合っていることも、ごくごく自然なことに感ぜられますよね^^

「男性同士のポリネシアンセックス」とyoukouさんがお書きになられたのも、男女の肉体的なものを重視した普通のセックスではなく、メンタル的なところを大事にした関係だとお感じになられたからなのではと拝察いたします。

ただ、彼らのようなパターンの場合、世間はなにを危惧するかというと、「性的虐待なのではないか」ということだと思います。「息子」さんのお年などが見つからなかったので、なんともいえないのですが、「一般論」からすると、そうでしょうね。

経緯がわからないので、無責任なことは言及できないのですが、彼らが本当に愛を育んでいるとしたら、彼らの本当の心の内を知りもしないひとたちから、偏見の目にさらされることのないようにと願います。

投稿: 大川内麻里 | 2005/11/05 15:37

私の 勝手な投稿に、ご丁寧なコメントを 有り難うございます。大川内さんの仰る「本当の愛」って 結局「自分の感情に素直な (自己犠牲も 厭わないような…)情熱…内に燃えるもの」のような気がします。

今もtosinosaさんが ウチの「共感Ⅱ」に、出会いの経緯を書いて呉れたのに感激し、ブログへお礼に伺ったら ムスコさんから電話が這入ってオヤジは有頂天でした。

あのカップルは ブログの一番始めの記事によると、出会いが 60歳と27歳、今 65歳と32歳で、よくまぁそれで 肌だけで繫がってるものと、私としては羨望と感動で ベタベタとコメントして来ちゃいました。

あそこには 狭い制約条件の中ながら、大川内さんの云われる 「解放された 人間関係」がある気がします。…毀れた家庭の 元家族には心が痛みますが…。

投稿: youkou | 2005/11/05 16:46

>youkouさん
おはようございます。

> 「本当の愛」
> 自己犠牲も 厭わないような…
「自己犠牲」という感覚もないでしょうね。犠牲も犠牲と思わないというか、客観的事実としては犠牲なのかもしれないけれど、本人の主観は、ただ「愛していて、自分がそうしたいからそうしているだけ」というだけというか。

> 毀れた家庭の 元家族には心が痛みますが…。
あぁやっぱり背景には、そういったことがおありだったんですね……。
わたしは十代のころは「誰かが幸せになる裏には、不幸になる誰かがいるもの」と考えていました。
でも、いまはそうは限らない、誰も不幸にはならない、かかわるみんなが幸せでいられる関係もあると思っています。

また、自分もそういう幸せに生きていきたいなって。

投稿: 大川内麻里 | 2005/11/08 06:51

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